■ 2007年 5月 ■
「法名って、なあに?」


仏弟子に与えられる名前。
在家門徒の場合は帰敬式を受式した後、いただきます。
「戒名」と呼ぶ宗派もありますが、浄土真宗では「法名/ほうみょう」とよびます。

<ものには名前がある>
名前はわたしを示す言葉ではなく、“いのちになったわたしの存在”をしめすことばです。
この世に存在するものには、名前がないものはありません。
つまり、生まれるということは、名前をもらう=いのちをいただいたということです。
名前は、呼ばれて初めて、呼んで初めて名前が名前になり、そして名前がわたしになっていくのです。
子供が生まれればなまえをつけます、そこには名前の由来や指名や縁があり、名前にたくされた親や周りの人の願いがあります。
そして子供はその名にふさわしい人になっていこうとします。

「法名」にも、同じように真実に目覚めてほしいという仏の願い(本願)が込められています。
それはいのち(=如来)からのメッセージです。
この迷いの多い世界に生きるからこそ、真実に目覚める心を興して生きていってほしいと如来は願われているのです。 「法名」は仏の願いに生きるものになりますという宣言です。