■ 2007年 9月 ■
南無阿弥陀仏って、なあに? ーその3ー

<仏ってなあに>

(梵)buddha/ブッダ=目覚めた人

1、救主。真実そのもの。 諸仏・如来の総称。

如来はガンジス河の砂の数ほどいるといわれ、それぞれに名まえがある。
その中でも、阿弥陀如来だけが「あらゆる衆生を平等に救い遂げたい」という”本願”を持っているといわれ、浄土教(浄土宗、浄土真宗)では主に阿弥陀如来のことをさす。


2、教主。真理に目覚めた人。釈尊のこと。

仏教の開祖となったゴータマ・シッダルタは、今から2500年ほど前、インド北部に住んでいた小民族、釈迦族の王子。
釈迦牟尼(しゃかむに)とは、インドの言葉で、”釈迦族の聖者”という意味。
生涯を悟りの意味、仏の衆生救済の教えを説いてインド各地を旅した人。

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<救主と教主の二尊教>

  <私たちと仏との関係>
       
救い主=仏
   ↓
それを伝える人=釈迦
   ↓
その用(はたら)きに目覚める人=私たち。


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我々を救うはたらきを名づけて『仏』と呼ぶ。

立ち止まっても、戻っても、そのままでも必ず終わる人生の中で、仏の教えは、「あなたはどう生きるのか」と常に問いかけているのです。
ゴータマ・シッダルタ(釈尊)は、その呼びかけに「途中であきらめたり、投げ出したりせず、人生という修行を完成させる」と生涯をかけて応えました。 その人生の先生である釈尊に学ぶことによって、「空しく終わらせてほしくない」という阿弥陀の願い(本願)に目覚めていく道=念仏(無碍の一道)が開かれていくのです。