■ 2007年 10月 ■
菩薩って、なあに?


サンスクリット語=bodhi-sattva/ボーディサットヴァ(菩提薩捶)の音写を略したもの。
bodhi(菩提) =「覚(さとり)」
sattva (薩唾)=「衆生(しゅじょう)」


「覚りを求める衆生・求道者」という意味。
覚りを開く前の段階にいる修行者のことを主にいい、その修行を完成させると仏に成るとされている。
自利と利他が円満することを願う人。

法蔵、観音、勢至、弥勒、地蔵、文殊などが有名。実在の人物としては、成道前の釈迦・インドの高僧では龍樹・世親・天親などが真宗では代表的な菩薩としてよばれている。

<法蔵菩薩>

『法蔵菩薩因位時〜』正信偈(真宗聖典p205)

生きとしいけるあらゆる衆生を救うため、五劫という長い年月考えた末、四十八願(覚り)をたて阿弥陀仏(無量寿仏)となった菩薩。
真宗の本尊として各寺に安置されている阿弥陀如来立像は法蔵菩薩が仏となった姿である。


<正/像/末の世界観と弥勒(みろく)菩薩>

正法=釈尊在世の時代。生きた教えを弟子たち実際に語った仏教の勃興時。
像法=釈尊入滅後、教えがインドから各地に伝えられ、経典が編纂されたり、寺院が建立される仏教興隆期。
末法=時代が進むうちに真実が解らなくなる=衰退期。(現代はこの時代にあたるといわれている)
法滅=誰もが仏教という言葉さえも知らない時代。そういった生き方があるということもわからない時代。


そうして、仏教が滅亡した後。弥勒が娑婆に誕生し、56億7千万年の思惟を経て『弥勒仏』となり衆生を救済するといわれている。



思惟する弥勒菩薩



<菩薩とは>

宮沢賢治は菩薩のこころを次のように表現しています。

      みんなの幸せがない限り、わたしの幸せはありません

                     
どんな人にもそれぞれの人生の上に平等に困難はあるものです。
しかし、わたしたちはそんな辛いことがあっても、決して諦めず生きていかなかればなりません。
そういった苦難に出逢ってこそ、人に生まれたことの喜びを得ることが出来たり、人や世界を愛することが出来る心豊かな人に成れるのです。

『菩薩』とは、あらゆる人たちと共に生の苦しみや悲しみを共有し、超えていこうと願う求道者のことをいいます。