■ 2009年1月 ■
「浄土三部経って、なあに?(3)」


仏説観無量寿経

『仏説観無量寿経』(かんむりょうじゅきょう)は、浄土教の根本経典の一つ。
別名『無量寿経観経/むりょうじゅきょうかんぎょう』ともいい、『観経/かんぎょう』と略称されています。

翻訳はいくつかあるとされていますが、サンスクリット原典は発見されておらず、宋の元嘉中、西域出身の僧、畺良耶舎(きょうりょうやしゃ/ 382年 - 443年)の翻訳しか現在は見つかっていません。

 第一部 ―王舎城の悲劇―

 自分の出生の秘密を、悪友ダイバダッタによって告げられたマガダ国の王子アジャセは、自分の境遇を歎きその悲しみを両親に向けます。そしてついにアジャセは父王を地下牢に幽閉して殺し、そして母も殺そうとする事件が起こります。
そのとき釈尊は道場で多くの弟子たちに法華経を説いていましたが、その事件の知らせを聞き、急いで王宮へ二人の弟子を連れて行きます。
その渦中にいる王妃イダイケは、釈尊に「なぜ自分だけが辛いことに会わなければならないのか、何の罪があってこんな悪い子を産んだのか」などと苦悩する心を打ち明けるのです。
そして釈尊はイダイケに「凡夫よ」と呼びかけ、声に出して念仏するよう勧めます。

 第二部 念仏の方法を説く

極楽世界の様子や阿弥陀仏、観音菩薩・勢至菩薩の二菩薩を観察し想うための13の方法が順々に説かれていきます。そして、浄土世界に往生する者を九つに分けます。
そして最後に釈尊は、その場にいた弟子の阿難にむかって「無量寿仏の名を、常に心にとどめ続けよ。」と説きます。するとその法を聞いたイダイケやそのまわりのものも皆喜んだと説かれて終わります。



前半は、人間の現実世界の苦悩を描き、後半では、どのようにすれば娑婆を離れ、真実世界(浄土)に往き生まれる者となれるのかが説かれます。
親鸞聖人は浄土三部経を『三身一体の経典』といわれました。観無量寿経は、『念仏は”行”である』ということを知らせるための経典であると善導大師が言われていることに由来しています。

なお、『王舎城の悲劇』は涅槃経にはアジャセの救いが説かれ、法華経にはダイバダッタの救いが説かれています。
親鸞聖人は、その主著、『教行信証』に涅槃経のアジャセの救いの部分を多く引用し、そのことも大事にされています。