■ 2009年7月 ■
「回向って、なあに?」

謹んで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。
                            教行信証「教巻」 真宗聖典p152
〈回向〉といふは、かの国に生じをはりて、還りて大悲を起して、生死に回入して衆生を教化するをまた回向と名づく。
                            『選択本願念仏集』

回向・廻向(えこう) 〈サンスクリット〉 pariNaama 「パリナーマ」。
「転回する」「変化する」「進む」などの意、その漢訳。
「回」は廻らす、「向」は差し向けるという意味で、大乗仏教の特徴をなす考え方。
自分自身の積み重ねた善根功徳を相手にふりむけて与えること。


七高僧の第二祖、曇鸞大師は、『浄土論註』巻下において、「往相(おうそう)」、「還相(げんそう)」の二種の回向があると説きました。

往相回向・・・・自分の行じた善行功徳をもって他の人に及ぼし、自分と他人と一緒に弥陀の浄土に
        往生できるようにと願うこと。
還相回向・・・・阿弥陀如来の浄土に往生し、すべての衆生を仏道に向かわせようとする力を阿弥陀
        如来から与えられ、娑婆へ戻ってくること。

 これらのはたらきは全て阿弥陀仏の本願力によるとされ、自らの力によって浄土へ往生することは不可能であると説かれました。
それをうけて法然上人は一切衆生は常に煩悩具足の身であるがゆえに、行者の側からは回向は成就しないとし、あくまで仏の側から衆生に対してなされるべき如来回向であるとしました。 したがって、他力の回向(如来回向)が大事であるとし、聖人の生涯はこのことを顕かにするためであったともいわれています。
また、親鸞聖人は、我々の救いは阿弥陀仏の本願力に依る意外に術はないと説かれました。それゆえに『自力は無効である』とし、徹底的に法然上人の説かれた浄土の真宗は、他力回向であるとしました。 それは阿弥陀仏の名号のはたらきによって救われていくのであるから、我々はその名号を口に称えることによって浄土へ往生することが約束されるという、現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)という教えも説かれました。