字:住職 亀井 廣道
■ 2006年 11月 ■
おれたちはあせる。あせらない若者なんているだろうか。
広渡常敏
これは、ある劇団のお芝居、太宰治原作の『走れメロス』の中で脚本家が挿入した言葉です。
走れメロスといえば、単純明快な友情物語という印象があり、あまり好きではありませんでした。
しかし、そのお芝居はわたしの思いを見事に覆しました。
このことばは原作にはでてこない言葉ですが、若者のこころのありようを端的に表した言葉なのでしょう。
いつの時代でも若者はあせるものです。あせるなといっても若者は焦ってしまうものです。
太宰はあの戦争が始まる前年に「走れメロス」を世に発表します。
有うべき人間の心を失いつつある時代。次代をになう若者が、その疲弊していく時代の漆黒の闇の只中で、なにを信じて生きていったらいいのかわからないという若者の苦悩を見事に描いていました。
そして何よりも作者・太宰の焦りを巧みに表現した言葉でもあったのです。